仏陀とは”覚知した人”

池田:仏教がめざし、到達し、そして人びとに教えているもっとも根本的なことは、人間自身の究極的な自己認識でした。仏陀とは”覚知した人”という意味で、その覚知したものは、結局、自己の本源的な存在そのものです。  本能的欲望や愛あるいは慈悲は、あえていえば、生命自体の発揮するエネルギーのかたちであるといえましょう。本能的欲望は、自己の生命を…
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