星の本質と力

科学をとまどいさせる星の本質と力は何であろうか。この探求は天才と徳と命の本質であり、私どもが天然とか本能とかと呼ぶ源に私どもを到達させる。私どもはこの根本的な英知を直感と名づける。これに対し後の教育はすべて教え授けられるものである。その深い力、すなわち分析の及ばない窮極の事実の中にすべてのものの共通の起源がある。何となれば、どのようにし…
コメント:0

続きを読むread more

今正しいことをすることだ

 人の本心からの行動は見ればすぐその本質がわかり、その人のする他の本心からの行動の本質もそれによってわかる。世間にならったのでは何にもわからない。純一に行動すべきだ、そうすればこれまで純一にやって来たことのすべてが今のその人生の正しさを認める。偉大なものは未来に訴える。もしも私が今日真直ぐな行動をし、世人の目をものともしないしないくらい…
コメント:0

続きを読むread more

自らを清浄潔白なものにする

 一個の人間になろうと思う人は、世間に迎合しない人にならなければならない。不朽の勝利を得ようと思う人は善の名目に妨げれれることなく、そのことが果たして善であるかどうかを探求しなければならぬ。結局自分自身の精神の完全さ以外に神聖なものはない。自分自身にとってみずからを清浄潔白なものとすることである。そうすればその人は世界の賛同を得るであろ…
コメント:0

続きを読むread more

超絶的宿命

 自分自身を信ずることだ。この鉄絃のひびきがあってこそ万人の胸は打ちおののくのだ。神の摂理の与えてくれた地位と、同じ時に生を受けた人びととの交わりと、関係する事件の縁を心から受け容れることだ。偉人は常にそのようにし、子供のように自分の思いをそれぞれの時代精神に打ち明けている。そして、絶対に信頼し得るものが彼らの胸奥にあって、それが彼らの…
コメント:0

続きを読むread more

ギリシャ人の寓話は普遍的真理を表現

 進歩している人は文学の中に――すべての歴史同様すべての寓話の中に――どれほど大きな富を持っているかを発見する。詩人は変なあり得ない場面を描く変わり者ではなく、かの普遍的な人間が詩人のペンによって、ひとりの人にとっても真理であり万人にとっても真理である告白を書いていることに、進歩している人間は気がつく。自分自身の秘密の伝記が、自分に不思…
コメント:0

続きを読むread more

母が相手だと

あの時ジェイムズは母を追いかけて、部屋から部屋へと渡り歩き、とうとうある部屋の辿りつくと,母は無数の青磁の色を映すかのような青みがかった明かりのなかで、だれかと話しだした。ジェイムズはその話を黙って聞いていた。母は使用人に用事を言いつけているところで、思いついたことをそのまま喋っているような感じだ。「今夜は大皿が要るわ。あれはどこに行っ…
コメント:0

続きを読むread more

瞬間と記憶力

じっさい私たちの純粋な知覚は、どんなに速やかであるとしても、持続の一定の厚みを占めるものであるから、私たちの継起する知覚は、これまで仮定してきたように、けっして事物の現実的諸瞬間ではなくて、私たちの意識の諸瞬間である。外部知覚における意識の理論上の役割は、現実の瞬間的な数多の観照を、記憶力の連続的な糸によって互いにつなぎ合わせることであ…
コメント:0

続きを読むread more

尊厳性の確立は倫理の分野以外にはない

池田:人間生命は他にかけがえがないという意味において、それ自体、尊厳です。しかし、いま博士(トインビー)がおっしゃったように、その生命を真実に、そして事実上、尊厳なものとするためには、人間一人一人の努力が必要です。自らの尊厳に対しては、自身が責任を負っているというべきでありましょう。 生命が他にかけがいのない尊厳なものであるという意識は…
コメント:0

続きを読むread more

尊厳を失ったら最後

トインビー:私ほここでも、あなたの信条と仏教の生命観に共感をもちます。ただいまカントの著作の一節から引かれた、価格と尊厳の区別にも、啓発的なものがあります。価格とは相対的なものであり、価格をもつものはすべて、何らかの等価値との交換が可能です。そこに貨幣の効用があるということはいうまでもありません。 これに対して、尊厳――名誉といってもよ…
コメント:0

続きを読むread more

生命の尊厳に至上の価値をおく

池田:人間の行動の基準となる価値体系には種々のものがあります。たとえば、すべての価値は個人的な好みの問題であると主張する人がいます。また、社会体制のなかから生まれた価値の基準――財産、社会的地位、娯楽などの価値――を行動の規範とする人もいます。さらに、シュバイツァーが”生命への畏敬”と呼んだ概念に基づいて、貪欲の克服、愛、知識欲などを基…
コメント:0

続きを読むread more

最初の一筆

 自分はこれこれこんな人間だとか、これこれこんな人付き合いをしているとか、そんなことを思い出して、気の散る元となるよけいな邪念をなんとか鎮めると、やおら手をのばして絵筆をかまえた。筆は苦しくともときめく恍惚に震えながら、いっとき宙に浮いたままでいた。どこから描きはじめるべきか?――それが問題だ。最初の一筆をどこにおくべきか?ひとたびカン…
コメント:0

続きを読むread more

自らの実践・体現化によって示す

池田:私も、儒家の愛よりも墨子の愛のほうが、とくに現代人にとっては必要であると考えます。そこで、仏教と墨子の教えとの違いですが、私は、仏教の偉大さは、そうした普遍的な愛を起こす根源を、万人にそなわっている生命の発動に求め、この生命発動の道を説き示したところにあると思うのです。 いいかえると、普遍的愛の重要性を説いたのが墨子であったのに対…
コメント:0

続きを読むread more

侵略戦争反対の論理

池田:さらに、国際的見地から論ずれば、エゴと偏狭と、それに基ずく無理解とが渦巻く現状にあって、墨子の説く普遍的愛の精神が最も的を得た主張であるとの博士(アーノルド・トインビー)の説には、まったく賛成です。利己を去って愛他に立てと主張する墨子の兼愛の説は、侵略戦争反対の論理を導きます。すなわち、他人を侵害して自利を図る窃盗行為が非難される…
コメント:0

続きを読むread more

秘書は実質的な母親のような存在

トインビー:一般に女性の愛と独占欲は男性のそれよりの強いという点については、私も異論がありません。ただし、私は、女性の特質として、その二つのほかに忍耐力をつけ加えたいと思います。忍耐力は、独占欲とともに、愛に本来付随するものです。この忍耐力は、女性にとってプラスの資質であり、育児だけでなく、母親として仕事以外の職業にも生かされるものです…
コメント:0

続きを読むread more

記憶と瞬間

私たちにとって、瞬間的なものはけっして存在しない。私たちがそういう名前でよぶものの中には、すでに私たちの記憶力の働きがはいってきていて、無限に分割できる時間のいくらでも多くの瞬間を、それぞれ互いに延長することによって、相対的に単純な直観のなかでとらえているのだ。81p 『物質と記憶』アンリ・ベルグソン白水社
コメント:0

続きを読むread more

主体性を確立すること

池田:仏法が教え、また実現しようとしている究極の理想は、人間の本源的主体性を確立することです。それは、各人の宿業に対する主体性であり、社会的・自然的環境に対する主体性でもあります。この確立された主体性の発露として、”慈悲”があると位置づけるわけです。そして、このような確立された自己の本源的主体が、これまでも何度か述べてきた”仏界”であり…
コメント:0

続きを読むread more

生物の発達は諸機能の分化

生物の発達は諸機能の分化にあり、分化はまず、刺激を誘導して行動を組織する能力のある神経系の形成、ついでその漸次的複雑化をもたらす。高次な諸中枢が発達すればするほど、運動性の経路はますます多数になって、同じ刺激が行動にたいし、それらの内からの選択を課するであろう。空間における運動にゆだねられる範囲がますます増大することは、じっさい、誰の眼…
コメント:0

続きを読むread more

他の人の役に立つ実践こそ最高の喜び

池田:人間はどう生きていけばよいのか――という人生最大の問題が、宗教・哲学の出発点であり、また到達すべきところでもあるわけです。それだけに、具体的にそれを示すことは、きわめてむずかしいことだと思います。 私の考えでも、その基本的な方向は、いま博士(トインビー)がいわれたように、大乗仏教的な生き方であるべきだと信じています。つまり、利他の…
コメント:0

続きを読むread more

軟骨のすり減りではなく執着心が原因

膝が痛く歩くのが大変なのでは。整形外科では、膝痛の原因を軟骨のすり減り、加齢と診断。膝痛の原因は本当に軟骨のすり減りなのだろうか。私の長年の治療経験から、軟骨とはまったく関係ないと思う。原因が、軟骨のすり減りであるとの執着心を取り除くことこそ、最も大事な治療につながると思う。執着心を克服して、本当の治療を開始できるかどうかが、本当の治療…
コメント:0

続きを読むread more

記憶力は脳の機能ではない

 脳の損傷が特定の種類の記憶をおかす場合には、いつも、おかされた各記憶は、たとえば同時期のものであるとか、互いに論理的に縁があるとかいう点ではなく、ただ全部聴覚的であるとか、全部視覚的であるとか、全部運動的であるとかいう点でだけ似ているにすぎない。だから、おかされているように見えるのは、記憶そのものというよりは、むしろ感覚性及び運動性の…
コメント:0

続きを読むread more