自由意志で変革できる業

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業論の意義は、いかなる業であっても自由意志で変革できるという法則性を示すことにあります。つまり仏教の業論は、決して一般にいう宿業論や、たんなる哲学ではないということです。現在の自己の生命は過去世以来の業を内包している、という側面のみにとらわれると、宿命論・運命論のように錯覚する人がいるかもしれません。だが同時に、業の因果律によれば、あらゆる瞬間に私たちは新たな業をつくっているのです。この現在という瞬間にも、自由意志を働かせて新たな業をつくり、未来を切り開いているわけです。
このように仏教では、人間は必然のなかに自由を求め、必然に即しつつ、それを飛躍台として自在の境涯を創造していける存在なのです。ゆえに、〈自由意志〉で善業をつくり悪業を転換しゆく行為によって、すべての人間は、現在の姿がどうであれ、平等に自己実現・自己完成の道、つまり宿命転換の黄金道を開拓することができるのです。

『池田大作全集』103巻
「宇宙」と「人間」のロマンを語る
C・ウィックラマシンゲ
池田大作共著
聖教新聞社

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