不幸の根拠を排除する必要はない われわれは自殺の決意をした人間の企図をなくさせる為に、あらゆる不幸の根拠を世界から排除することはできないし、また排除するべきではないであろう。われわれはあらゆる失恋した男性に女性を与え、あらゆる経済的に困窮している人間に職を授ける必要はない。ただ彼らが、何らかの理由によって彼らがもつことのできなかったもの無しでも、生き続けて行くことが… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月17日 続きを読むread more
人のため社会のために価値ある貢献を いかに家庭内の幸福が築かれたとしても、激しい社会の荒波にあえば、その幸福は崩れてしまう場合もある。また現実社会の生活が幸福にみえても、より高い次元からみるならば、耐えていけない不幸が待っているかもしれない。それらのすべてを乗り越えていける、大きな境涯と強い生命力を持つための原動力を得るなら、そこにこそ絶対的な幸福を築く基盤があるはずで… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月17日 続きを読むread more
いかに彼が働いているか われわれの患者の一人が、自分の働きは何の高い価値も持っていないから、自分の生命は何の意味もないと主張することをしばしば経験するのである。 われわれは彼に、人間がどんな職業生活をしており、何をしているかは結局どうでもよいことで、本質的なことはむしろいかに彼が働いているかということであり、また彼に与えられた役を実際によく果たしているかど… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月17日 続きを読むread more
かかる恍惚とした瞬間 一人の音楽を愛する人間がコンサートホールに坐り、彼の愛する交響楽の最も印象的な調子が耳にまさにひびきわたり、その結果彼は最も純粋な美に接したときに体験されるあの畏怖にも似た感にうたれていたと想像しよう。かかる瞬間にこの人間に、一体彼の生命は意味をもっているかと問うならば、彼はかかる恍惚とした瞬間を体験するだけでもすでに生きるに価すると… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月17日 続きを読むread more
アリストテレス(正義) 『二コマコス倫理学』では、アレテ―の内容を詳述し、「倫理的卓越性と知性的卓越性」、さらには仏法の中道の一分にも通ずる「中庸」などについて述べていくが、アリストテレスの言う卓越性(徳)には、勇敢、節制、真実、親愛など、さまざまなものが含まれている。 そのなかで注目すべきは、とくに正義こそ、最重要の徳であり、完全な徳としている点である… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月16日 続きを読むread more
アリストテレス(アレテ―) アリストテレスは、運・不運、また表面的な幸・不幸といった、”付加的”な現象の奥底に「アレテ―(卓越性、徳)」という根本的な機軸を提示している。 そして、「幸福とは究極的な卓越性(アレテ―)に即しての魂の或る活動」であるとして、「われわれが人間の卓越性として解するものは、しかるに、身体の卓越性ではなくして魂の卓越性なのであり、幸福も… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月16日 続きを読むread more
アリストテレス(運・不運) アリストテレスは、この書(『二コマコス倫理学』)の中でこう述べる。 ――幸福とは持続的なものであり、いかなることがあっても、容易に転変しないものと考えられる。しかし、同一の人間にも、幸運のときと、不運のときがあり、それを世間では、あるときは幸福であり、あるときは不幸であると見る。これは、まことに奇妙なことではないだろうか。もしわれ… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月16日 続きを読むread more
心の容器 思えば、「人間の心」ほど不可思議なものはない。「信如工画師(心はたくみなる画師のごとし)」とも仏典にある。優れた画家があらゆるものを真に迫って描くように、心が善悪、美醜等、一切の法を造り出すのである。 しかもそれは、刻々に積み重ねられて、その独自の人格を築き上げていく。その作用の妙はとうてい、現代の科学で究明しうるところではないし… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月15日 続きを読むread more
惰性や老化 文句や愚痴 人間とは本来、高い自己完成、人間革命をめざして永遠に努力していくべき存在である。自分自身が向上心を失ったところに、惰性や老化が始まる。また文句や愚痴を言っている人には感激がない。自らからの生命をしだいに暗くし閉ざしてしまう。そして心はすっきりせず、自分も複雑にし人々をも複雑にしていくだけである。 自分を限りなく、どう成長させていく… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月15日 続きを読むread more
一人立てる時強き者は真正の勇者なり 信念に生きゆく人生――それは現代ではあまりにも困難になってしまったのかもしれない。しかし、周囲や世間の評価にのみ神経をとがらせ、社会の表面的な価値観に左右されて生きる生き方はあまりにも寂しい姿ではないだろうか。自分で自分の人生を、いかに評価し、誇りとしうるか。いかに孤高を強いられる状況におかれても、一人の赤裸々な人間としてどれだけ強く… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月15日 続きを読むread more
紙一重の前進のために あるとき、彼(北原白秋)は、若い急進派の歌人から批判を受けた。 「あなたの歌はやはり型にはまった三十一文字の歌で、新しい現代の歌といつても、以前の旧派の歌とはただ紙一重の相違ではないか」 それに対し、白秋は答える。「さうです、ほんの紙一重です。しかしこの紙一重のために、この三十幾年といふ永い年月を私は苦労してきたのだ」 そ… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月14日 続きを読むread more
「情熱」こそ不可欠の要件 クフ王のピラミッドは、その名も「情熱のピラミッド」と呼ばれている。 教授(ジャン・ルクラン)はピラミッドの永遠性の理由を「非常なる熱意と完全なる計算。そして長い時間をかけて一生懸命、心をこめて造ったことだ。信仰と正直さを持った心が、それをなしとげたのだ」と結論された。何事においても、新しいものを生みだし、大きな業績を築いていくには… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月13日 続きを読むread more
広々とした境涯世界を開ききる 言うなれば、生命は、常に外境と因縁和合しながら、「六識」を通し、それぞれの情報を受けている。そのなかには、種々の苦悩を生むものも少なくない。しかし、「九識」の太陽が胸中に輝きわたれば、それらの苦はすべて霜露のごとく消え去っていく。信仰とは、一日また一日、いかなる時も、胸中の大空に太陽を昇らせ続ける連続作業であるといえるかもしれない。燦… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月11日 続きを読むread more
デカルトの”考える自我”とは末那識 デカルトの唱えた”考える自我”は第七識の末那識に根ざしているとも考えられよう。しかし、この領域は深い理性の座であるとともに常に煩悩に汚されていることを仏法の眼は鋭くとらえている。そして煩悩に汚され、本来の自己を狭く限定する自我意識(第七識)のさらに奥に第八識の阿頼耶識を見いだしている。これは「含蔵識」とも呼ばれるように、七識までの行為… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月11日 続きを読むread more
広く宣伝されていた”やせ薬” やせ薬も重い病気の原因となっている。一九三一年、爆薬の原料としても使われるジニトロフェノールが減量に用いられた。その結果、体重だけでなく命までも失うケースが出ることになった。その薬物は完全に安心だとして広く宣伝されていたが、骨髄に異常をきたす若い女性がしだいに多くなっていき、やがて薬の使用が原因とされる白内障も報告されるようになった。… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月08日 続きを読むread more
ポーリング博士「安楽死について」 安楽死という言葉が、誤解を招きやすいと思います。私が関心をもっているのは、人間は尊厳に死ぬ権利をもっているということです。実質的に死んだも同然の人間の意識を回復させようと、できるだけ長く患者を生かしておこうとする集中治療病院の行為を抑制しようという努力を、私は支持しているのです。 たとえそうした患者の意識を一時的に回復できるような… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月06日 続きを読むread more
インスピレーション(ひらめき) ポーリング:彼が百人の科学者に「直感がわくことがあるか」と質問しました。四、五人は「質問の意味がわからない」と言いました。 しかし全体としては、これらの科学者の多数が「直感がわくことがある」「インスピレーションが得られることがある」と答えたそうです。 池田:なるほど、よくわかります。 ポーリング:かくいう私も、考えを生み出す源泉… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月05日 続きを読むread more
レイチェル・カーソン 『沈黙の春』――農薬等に含まれる化学物質による環境汚染を告発し、自然破壊をもたらす生命の危機を訴えた本。 執筆を開始したのは1958年。このころ、米国内ではDDTという有機塩素系殺虫剤が日常的に使われていた。・・・生態系の平衡が崩れる危険性を叫ぶ専門家もいた。しかし、科学技術競争が激化する時代にあって「科学は正義」。経済至上主義の社会… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月05日 続きを読むread more
自分とは何かに関心が 池田:晩年の湯川秀樹博士が、医師の集会で、味わい深い講演をしていました。――物理学をやり、外的世界ばかり研究していても、年をとるにしたがい、自分とは何かに関心が深まってくる。外の世界を知ること自体が、自分を知ろうとすることと別ではなかった、と。 そして湯川博士は言います。 「われわれが生きていくということは、自分一人が生きている… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月04日 続きを読むread more
好意をいだいて大胆に うちとけにくい性質の人には、開放的な人にくらべて、その感傷や悲しみを率直に議論することが切実に必要な場合が、よくあるものである。最も厳格に見える禁欲主義者も、結局は人間なのだ。そして、好意をいだいて、大胆に、その魂の「沈黙の海」に、いきなり闖入することが、しばしば、なによりの恩恵をほどこすことになるのだ。 497p 『ジェーン… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月03日 続きを読むread more
知識をもとめ、向上を望む 生徒のなかには、ほとんど年頃に近い農家の娘が、何人かいた。彼女たちは、すでに読み書きも縫いものもできた。この少女たちに私は文法、地理、歴史の初歩、それから、もっと程度の高い針仕事を教えた。私は、彼女たちのなかに、尊敬すべき傾向――知識をもとめ、向上を望む気風を発見した。私は、彼女たちの家で、いくどか愉快な夕べのひとときを、彼女たちとと… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月03日 続きを読むread more
未来のための現在 池田:そうした現在の周囲の森羅万象との調和とともに、未来への配慮も忘れてはなりません。私たちの子や孫、そのまた子供たちのためにも、この”世界”は、かけがいのない生存の基盤です。もし、現在の私たちの欲望のために、資源を消費しつくし、この”世界”を、生命を脅かす有害物質によってよごしてしまうならば、未来の世代は途絶えてしまうでしょう。自分の… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月03日 続きを読むread more
光線は空間を走るときには見えない ・・・ それが生まれた当座は、それはこれまで存在していたいっさいの物を継承し、未来の者に対して号令するように思われる。それは人間のあらゆる思想に影響を与え、あらゆる制度の形成に役立つ。けれどもこの啓示を役に立つようにするためには、それを人間に伝達するためのある器、あるいは技術が必要である。それが人にわかるものとなるためには、それは絵、ま… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月03日 続きを読むread more
生まれながらに備わっている法則 知性の成長は、どのような発展をするときも自発的である。成長する精神は、その突発の時機、手段、様式を予言することはできない。神はどの人の中にも裏口から忍び入る。反省する年頃になるずっと前から、精神に思考は始まっている。暗闇から何時の間にか思考は今日の素晴らしい光の中に入ってきているのだ。幼児のころすでに、それは周囲の世界から入ってくるあ… トラックバック:0 コメント:0 2021年12月03日 続きを読むread more
発達の法則 精神の向上は、直線運動によって表示され得るような漸進的なものではなく、卵から幼虫へ、幼虫から蠅へ、――といった変形によって表現されるような、状態の飛躍によって遂げられる。天才の成長はある絶対的に遂げられる性質のものであって、ある選ばれた個人が、まずジョンを抜き、それからアダムを抜き、それからリチャードを抜き、次々とその劣っているのに気づ… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月30日 続きを読むread more
常に若やぎ、若々しさを保ってくれる 私どもはしばしば、私どもの出産の年から測られるのとは違った若さと老いのあることを感じさせられる。ある思想は、それを思うと私どもは常に若やぎ、私どもを若々しく保ってくれる。普遍的永遠の美にたいする愛はこのような思想の一つである。このような瞑想からわれに返ると、人はだれしもこのような瞑想は限りある人の一生に縛られるものではなく、時を超越す… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月30日 続きを読むread more
友情 太陽の光は、一部見当ちがいの方に、空しく無駄な場所に落ち、ほんの小一部分だけが光を反射する遊星の上に落ちるけれども、太陽は平然としている。あなたの偉大さはその粗野な冷淡な仲間を教えるものでありたいものだ。もしも彼がそれに堪えない者であれば、まもなく立ち去るであろう。けれども、あなたは自分自身の輝きによって偉大になり、もはや蛙や虫の仲間… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月30日 続きを読むread more
永遠の生命 過去および現在の誤謬に関する最高の批評家であり、必ず起こるべきことを示す唯一の予言者は、地球が優しく大気に抱かれているように私どもが安住している大自然である。それは各人の個々の存在が包含され、全ての他と一体にされている統一、すなわち神である。それは、すべての真実の会話が拝み、全ての正しい行動が服従している共通の至情である。それは私ども… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月30日 続きを読むread more
純一の親和性によってつながってる 私の友は求めずして私を訪れて来た。偉大な神が彼らを私にあたえたのである。太古からの権利により、徳が徳それ自身にたいして持つ聖なる親和性によって、友は私が見出したのである。いや、むしろ、私ではなく、私の内に在り、友の内に在る神が、ふだんは大目に見ている個人の性格、関係、年齢、性、境遇の厚い壁を愚弄し撤廃して、今や多を一にするのである。私… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月28日 続きを読むread more
行動によって宇宙の本質を堅持すること 何かやっていることを人に知られたくないなら、絶対にそれをやるものではない。砂漠の吹き寄せの中で馬鹿真似をやっても、砂の一粒一粒が見ているように思われるであろう。ただ独りで食事をしていても、秘密を胸に秘めておくことはできないものだ。衰弱した顔色、下卑た顔つき、卑劣な行為、当然の知識を欠いていること、――すべてが赤裸々に明かしているのだ。… トラックバック:0 コメント:0 2021年11月28日 続きを読むread more