テーマ:健康

高等宗教への真摯な探究に迫る

 いわゆる真理を求めていく人間の知性や好奇心が自然と人間の一体感を欠落させ、科学と人間生命の断絶をもたらすとしたら、これほどの不幸はない。どこまでも科学は人間から離陸し、また人間に帰還すべきものである。  そしてまた、これを繰り返していくところに、正しい科学観、生命観の樹立がなされていくのではないだろうか。医学といい、天文学といい、科…
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疲れているのに眠れない

 宇宙と人間生命の関連性が、密接不可分のもであることは言うまでもない。例えば、人間の血液が、環境の変化と微妙な関係にあることはよく知られている。血圧は、一日のうちでは昼間は高く、夜は低いことが明らかになっているし、季節でいえば、冬は高く、夏は低いといわれる。気温の十九度の部屋から、八度の寒い部屋に移動しただけで、健康な三十代の人でも自律…
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断末魔の苦を乗り越えるには

 断末魔の苦に心を乱されず、それを乗り越えていくためには、どうすればよいか。このことに関して、日寛上人は三点を挙げ、ふだんからの用心をうながされている。  その第一は、他人をそしったり、いじめたり、人の心を傷つける行為を、常日頃から慎むことである。つまり、そしり等の悪い行為が死苦を強めていくというのである。  第二には、このわが身が…
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死のさいの激しい苦しみ

 ところで、こうした生死の問題、また臨終のさいの苦しみについて仏教では「断末魔」の苦ということを詳細に説いている。断末魔の”末魔”とは サンスクリッド語のマルマンの音訳で「死節」「死穴」等の意味がある。インド医学では、体内の筋肉・脈管・靭帯・骨・関節が、混然一体となった小さな「急所」のことを「末魔」と呼び、これを断ずれば死にいたるとす…
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回復見込みのない老人が増えてゆく

 デュポス氏(ルネ・デュポス博士)とマヤ・バインズ氏の共著である『健康と病気の話』の中では慢性の病気の割合については「どんどんふえつつあり、長生きする人が多くなるにつれて、さらに増大するでしょう。そして家庭にも病院にも療養所にも、回復の見込みのない老人たちが増えてゆくと思われます。医学は、そうした患者の命を取り止めることはできても、元気…
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肉体的年齢より若々しい頭脳を持つ人

 かつて「朝日新聞」(1984年2月22日付け)で、「ニューヨーク・タイムズ」の・・・。   アメリカの国立老化研究所の実施した調査によると、二十一歳から八十三歳までの男性の脳を断層撮影してみると、健康な老人の脳は、新陳代謝測定値では若者の脳と同じように活動的であることが発見された。また、デンバー大学のホーン教授によれば、物事の判断・…
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人間としての成長の方途とは

 ベルクソンは「世界の豊かなものにたえず何かを加える努力によって、人格を大きくする」と言っているが、それは自他ともに境涯を開き、生命をより豊かにしていくことに尽きるといえるだろう。  仏法の目的もまさに自己変革、人間完成への絶えまない創造の道を切り開くことにあったといえる。人間としての成長の方途を、仏法は他者と苦楽を共有し、他者の生存…
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死にさいした一瞬、走馬灯のように

 死にさいした一瞬、人間の脳裏には生涯の出来事が走馬灯のように駆け巡っていくといわれる。その脳裏に駆け巡る光景を、無念の涙で曇らせる人もいれば、心から満足感にひたりながら、歓喜のうちに人生の週末を迎える人もいる。ここに厳然たる人生の勝敗の分岐点があると、私は思う。  いかなる富や地位に恵まれようとも、虚構の人生を生きた人には、真実の人…
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モチベーションの喪失

 私たちの時代に特に増えたと思われる社会生活上のストレスが一つあります。モチベーション(動機づけ)の喪失が、それです。(「リーダーズダイジェシト1982年)  そして博士(セリエ)は、最良の解決策の処方として次の三点を挙げている。  第一に、自分のストレスに対する耐性をよく知り、それにしたがって生きる。  第二に、自分の目標を定め…
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「人間」と「社会」と「宇宙」を結ぶ心こそ詩

 詩はいわゆる感傷でもない。気休めでもない。たんなる心情の吐露でもない。批判でもなければ、論でもない。大宇宙の目に見えない法則、社会という変転の現実世界を貫く法則、そして人間の心のリズムーー悠久なる時空の中で、互いに融合し、また律動し合いながら脈動する「人間」と「社会」と「宇宙」、この三つを結ぶ心こそ詩である、と私は思いたい。そして、詩…
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死にも健康的な死がある

 スイスの哲学者ヒルティは『同情と信仰』の中で、「河の氾濫が土を掘って田畑を耕すように、病気はすべての人の心を掘って耕してくれます。病気を正しく理解してこれに耐える人は、深く、強く、大きくなり、それまで理解できなかった識見や信念を体得するにいたります」(『ヒルティ著作集』)と言っている。さらにまた「たとえ病気であっても、健康といえる人も…
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「病気」とは「安楽の欠如」

 元来、「健康」を意味するhealthという英語の語源には「全体」、また「完全」という意味もあるようである。一人の人間にとってみれば、まず「身体」と「心」がともに健康でなければならない。そして、社会の中で活躍、貢献していくことに本来の健康という意義もあるといえるだろう。  また、「病気」ということは、専門的にはいろいろ定義があると思う…
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頭痛はチューインガムを噛むといい?

 最近、頭痛で苦しんでいる或る男が、食事中は咀嚼の運動でたちまち頭痛が軽くなる、とわたしに言った。わたしはかれに言ってやった。「それじゃ、アメリカ人みたいに、チューインガムを噛むといい」と。しかし、その男がそれをやってみたかどうか知らない。苦痛が起こると、わたしたちはたちまち形而上学的な考え方に投げこまれる。苦痛のあるところにわたしたち…
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不機嫌に身をまかせる

もし人が存在するものをおのずからあるものと考えて、それに働きかけないとすれば、悲観主義が真実のものとなる。人間の物事の流れは、放置しておけばたちまち最悪のところへゆきつくからである。たとえば、自分の不機嫌に身をまかせる人は、たちまち不幸で意地悪くなる。これは、わたしたちの肉体の構造からいって避けがたいことである。わたしたちの肉体は、監視…
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プラトンの二大療法

 体操と音楽とが、医者としてのプラトンの二大療法だった。体操は、筋肉を伸ばし、形に応じて内部からマッサージするために、筋肉が自分でやる、ほどよい訓練のことだ。調子の悪い筋肉は、ほこりのかかった海綿のようなものである。筋肉を掃除するのも、海面を掃除するのと同じように、水でふくらませ、なんども押してみる。生理学者はよく、心臓はなかの空な筋肉…
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ああ、結構なおしめりだ💛

 小雨が降っているとする。あなたは表に出たら、傘をひろげる。それでじゅうぶんだ。「またいやな雨だ!」などと言ったところで、なんの役に立とう。雨のしずくも、雲も、風も、どうなるわけでもない。「ああ、結構なおしめりだ」と、なぜ言わないのか。もちろん、こうあなたが言うのをわたしが聞いたからといって、雨のしずくがどうなるわけでもない。それは事実…
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歯周病を自宅で治す

 歯周病とは、細菌の感染によって歯茎(はぐき)におこしたことをいいます。 今回は歯科医ではなく、自宅でコウケントーにより治療する方法です。 使用するカーボンは、 3000-5000 3001-4008 などを使用しましょう。症状のある患部に、三号集光器を使い当てます。三号集光とは、ガラス管のついた集光器のことです。 治療当初…
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脳脊髄液減少症

脳脊髄液減少症 この病名からすると、脳や脊髄の病気であると思われるのではないでしょうか? 画像診断で異常と思われる部位が判断できると思います。 治療法として硬膜外酸素注入療法により、症状の改善が期待できるそうです。 むち打ちにより引き起こされる症状と同じような症状が起こる人もいます。 むち打ちの症状すら改善が難しいのが現実…
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関節痛とたたかう

 膝の痛み、腰の痛み、肩の痛み。それぞれに治療法が異なるかもしれない。 時代が進むにつれ、病気の原因や治療法が改善されなければなりません。 完治する人もいるなか、「どうして私は?」と、思い悩む人が多くいるのも事実です どのような病気でもいえることですが、信念があり、心のゆるがない人は、どのような症状にでも立ち向かっていくことが…
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「老い」を人生の「円熟」「完成」に

たしかに人は、人生の豊かな年輪を刻むにつれて、人間としての深さ、美しさがにじみ出てくる。青年には何となく未熟さからくる”若さ”があるが、年配になると円熟して、我欲も消え、本当にすがすがしく美しい姿だと思わせる人がいる。この意味で「人生は六十からだ」との言葉は、まさに至言であると思う。  私の好きなゲーテの言葉に「本源の光の色さまざまな…
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後輩たちに道を開く

モウラン:私たちも将来、必ず自分より優秀な人材が出現して、その人材に、自分の場所を譲っていくことになる。立場などが変わる時もあります。その時、私たちも変化に適応して、変わらないといけない。  自分の一番輝く時を待って、その出番の時にしっかりと輝く。そして、次の者や後輩が来たら、しっかりと輝かせていく。これが宇宙の方程式なのです。・・・…
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「太陽」と「蓮華」

池田:仏法でも「法華経は日月と蓮華となり」(御書1009p)と説きます。  太陽に象徴される釈尊の悟達の法を、法華経では「妙法(不可思議なダルマ)」と表現しております。その「法」に備わる「因果の法則」を「蓮華」と表現するのです。蓮華は花と果が同時に成長していきます。これは、すべての人々の生命(因)に、仏という釈尊の生命(果)が備わって…
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不幸の闇を破る歓喜の太陽

池田:私は、インドの釈尊が菩提樹のもとで悟りを開いていった心の世界にも、豁然と”太陽”が輝きわたったと伝える仏典を思い起こします。  仏法では、この大宇宙に瀰漫する、生命を破壊し、不幸にする働きを「闇」に譬えています。その闇を打ち破って、釈尊の生命の「内なるコスモス」のなかから、大歓喜の勝利の太陽が姿を現したというのです。  仏典(…
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それぞれの個性を重んじて生かしていく

池田:先ほどの法華経の「三草二木」という譬え(薬草喩品第五)では、全世界にある多種多様な草木は、同じ大地に生じ、同じ雨に潤わされながらも、それぞれの性質にしたがって生長し、異なった花を咲かせ、実が成っていく――そうした姿に譬えて、仏の慈悲の平等性を示すとともに、衆生の多様性を強調しております。ここでいう衆生とは、人間生命から、広く生きと…
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日蓮仏法の、不屈の楽観主義

池田:日蓮は、十三世紀の日本において、権力者から数々の不当な弾圧や迫害を受けました。  しかし、日蓮は  「よからんは不思議わるからんは一定とをもへ」(御書1190p)  「難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750p)  「冬は必ず春となる」(御書1253p) 等と、弟子たちを悠然と励まし続けました。そして、その苦難のなか…
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恩を知る

ロートブラット:・・・どの人も、他の人の恩恵を受けているから、生活が潤いのある豊かなものになっているのです。 池田:おっしゃる通りです。東洋では、そういう考え方を「恩を知る」という言い方でも表現します。  「恩を知る」ことは、人間であることの一つの条件です。「恩を忘すれる」ことは、人間として最も恥ずべきことです。  自分が今、こう…
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他の人の恩恵

ロートブラット:もしも孤立して一人きりで生活するなら、食べるために狩りをしたり、畑を耕したり、暖房のために燃料を探したり、生きるために何もかも一人でやらなくてはなりません。しかし、それは不可能です。  わたしたち一人一人には、それぞれの役割があり、専門があります、衣服を作る人、野菜を作る人、神学を学ぶ人など、互いに思いやりながら、さま…
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治癒と信念

 古代エジプト人が汚水と熱病の流行との間に関係があることを発見した時から今までに、人間を襲った病菌の総数は莫大な数にのぼるだろうが、その数よりもまだ多い病菌を各国政府が一日間に人類に浴びせかける準備をすすめている。そんな記事を読んでも、医師の心の中には何事も起こらないのだろうか。病気と戦う努力に一生の大半を捧げてきた医師は特別の反応を示…
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生きた人の手の感触

 医師は文字通りに患者に接触する必要がある。医学に科学技術の応用される場面が拡がるにつれて、医師は患者からいよいよ遠ざかっている。もし医師が自分と患者との間に機会が割りこんでくるのを許しておいたら、患者の治癒を促す自分の大きな影響力を失う危険があるだろう。入念な身体検査は信頼の念を育てる――患者の身体に手を触れ、患者の話に耳を傾ける態度…
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感謝の気持ちを抱くだけで

 前に述べたように、身体的な苦痛は、からだのどこかに組織の損傷が生じたことを脳に警告するように設計された生理現象です。苦しみにともなう感情ループにつなげなくても、からだに起きている苦痛を感じることができると知るべきです。重い病気にかかった子どもたちが、いかに勇気があるかをわたしは知っています。親たちは、苦しみと恐怖の感情回路につながって…
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