テーマ:教育

人間の可能性を信ずる心

 松陰(吉田松陰)は言う。  「人間はみな何ほどかの純金を持って生まれている。聖人の純金もわれわれの純金も変わりはない」(『吉田松陰入門』大和書房)  そして、「天から与えられた金の純度を高めることが修養努力であって、われわれの学問も責務もここにある」(同前)としている。それぞれが自分の天分を自覚し、なんらかの社会的役割を発見して、…
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最大の教育環境は親自身の心の中にある

 家庭教育の根幹は、親が自らの生き方を通して子どもに人間としての芯を教え、それを生活のなかにはぐくんでいくところにあるといってよい。  見落としてならないのは、キューリー夫人の学識が立派な家庭教育をなさしめたのではなく、まさに一人の母としての彼女の「魂」が、それをなさしめたということである。  私は、庶民のなかに、妻として、母として…
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知識の増大と頭でっかち

 さらにファウストは言う。 羊皮紙の古文書が、お前は神聖な泉だというのかね。 その水を一口すくって飲んだだけで、永久に喉がうるおうというのかね。 心身をさわやかによみがえらすものは、 自分の魂のいずみから掬(く)み出さねばならぬ。  演説や弁論とは若干角度を変え、ファウストが第二に、読書や考証の心構えを教えているところ…
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対話の文明

ドゥ:互いに関心を払い、互いに学び合うという目的をもって、対話をする――そうした文化交流のコミュニケーションこそ、現在の日中間には必要であり重要です。しかも、それは急を要しているのです。 池田:おっしゃるとおりです。  ともあれ、「対話の文明」といっても、決して遠くにあるものではありません。身近な隣人や隣国の人々と、胸襟を開いて向き…
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愛を拡大する

ドゥ:儒教的教育の重要な精神鍛錬として、最も親愛なる人に対して自然にもつ愛情と配慮を、現実の経験のなかで、できる限り拡大することを学ぶことが要請されます。つまり、親愛の念を、家族や友人から見知らぬ他者へと拡大していくのです。  真に「人」が「天」に「合一」していくためには、われわれの感受性を究極的には天地万物を包含するまでに拡大するこ…
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教育の最大の目的は人格形成

ドゥ:儒教も、仏教と同じく、「同情」や「共感」や「思いやり」が健全な人間関係に不可欠であるととらえています。むしろ、理性のみでは持続性のある友情や交友的精神を培うことはできないと考えるのです。  現実の人生における生老病死の問題を他の人々と共有することは、あくまでも心の次元です。それは、冷静な知性による思考だけでは十分に理解することは…
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「同苦」という他者への共感と慈愛

ドゥ:どんな人にも、惻隠の心、羞恥の心、辞譲の心、是非の心があります。そのなかで、最も普遍的で、最も基本的なのは「同情」と「共感」の心でしょう。ゆえに儒教では、社会を治める最上の方法は、法律の制裁などではなく、人々の同情心や羞恥心を喚起することであると考えられてきたのです。 池田:よくわかります。仏典でも、「無顧の悪人も猶妻子を慈愛す…
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自他ともの幸福

ドゥ:普遍的な人権のあり方として、私たちが念頭に置いたのは、次の二点です。一つは、”自分が他人からしてもらいたくないことは、他人にもするな”。そして、もう一点は、”人間を手段として扱ってはならない。人間は目的それ自体である”ということです。 池田:いずれも重要な指摘です。「自他ともの幸福」を目指す社会でなければなりません。仏法の視点も…
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知識の宝庫を開く鍵

池田:創価教育の創始者である牧口初代会長は、教育は知識の伝授が目的ではなく、学習法を指導することだ。研究を会得せしむることだ。知識の切り売りや注入ではない。自分の力で知識することのできる方法を会得させること、知識の宝庫を開く鍵を与えることだ」と訴えておりました。  知識ももちろん大切ですが、学問の道においては、”学ぶ方法”の習得こそ、…
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「心の財」を贈りゆく人間教育

池田:子どもたちに何を残すか。最も大切なのは「教育」や「人生の哲学」という財産ではないでしょうか。身につけた学問や教養、そして生きる哲学・信念は、他者によって奪われることもなければ、社会の変動によって失われることもありません。  仏典には、「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書1173p)と説かれています。家庭…
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人生という学校

ドゥ:私の両親はともに働いていたため、先ほど紹介した親戚の乳母・召召が、まるでじつの祖母のように、私たち子どもの面倒をみてくれました。  彼女は農村の出で教育が受けられず、読み書きもできませんでしたが、彼女の語る物語はや逸話や格言から、私は多くの庶民の知恵を学びました。彼女が口伝えに教えてくれた、公正、勇気、友情、誠実といった価値観は…
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前へ前へ進んでいく

ドゥ:しかし、母の絵の勉強は、まず戦争によって妨げられ、次に結婚、そして就職によって中断されました。それでも母は、絵を描くことを完全に放棄したわけではありませんでした。そして、七十代の後半になって、ようやくその夢を実現したのです。母の数十点は絵画は、今日、母の子どもや孫たちの住まいに飾られています。 池田:感銘しました。時代の波浪を超…
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子は親の背を見て育つ

池田:日本では「子は親の背を見て育つ」といいます。どの家庭でも、親自身が向上心をもって学び続けていく姿は、子どもに自然のうちに触発を与えていくものです。  私も、子どもたちが興味を示したら自由に手にとって見ることができるよう、本棚の扉を外しておくなど、工夫をしたものです。  お母さまの思い出で、何か心に残っていることはありますか。 …
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人間生命の尊厳

池田:私は、教育の基底に「人間生命の尊厳」をおくべきであると考えています。  「人間生命の尊厳」――「生命価値」には、「人格」の側面と「人類」の概念も含まれます。つまり、「人類」が尊厳であるがゆえに、それを支える大自然に対しても、畏敬の念をもっていかねばならない。とともに、「人格」が尊厳であるがゆえに一人一人の存在を認め合い、互いに尊…
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情報を消化することによって

ホフライトネル:・・・このあまりに膨大な情報を前に、私たちは息が詰まりかけているのです。私たちは情報によって「窒息」させられ、「消化不良」を起こしています。  知識は情報を「消化」することによってもたらされるものです。情報を手に入れ、分類し、選択することによって、問題を解決するための結論を導くことができます。したがって、知識や教養の増…
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みずからの手本を通して

ホフライトネル:もし教育する側の人たち(親、教師、さらにいえば社会全体)が、みずからの手本を通して生徒たちに倫理や道徳の価値を伝えなければ、教育や学問は単なる知識の伝達に終わってしまうと、私は考えています。ゆえに、日常生活における私たちの行動と、私たちが口にする価値観とが一貫性を持ち、矛盾していないことが必要です。 139p 『…
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多様な可能性の開花を目指す

池田:現代の教育問題の原因の一つは、「教育はなんのためにあるのか」という根本の教育観の歪みにあると思います。  近年の教育は、ややもすれば、産業社会の役に立つ人材を育成することが主眼となり、人間を鋳型にはめ込むようなものになっています。本来、それぞれの多様な可能性の開花を目指すべき教育が、社会の特定の価値観のもと、安易な画一性に流され…
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人を理解するには

ホフライトネル:年を重ねた父が、すでに国際的に活動をしていた私に、大いなる示唆を与えてくれました。  「世界に関心を持つ国際人の君に言っておきたい。さまざまな人と対話し、その人々を理解するためには、自分のルーツを深めていかねばならない。それを忘れないでほしい」  きわめて具体的で、限られた現実からでも、人は人に学び、人の美しさを見る…
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父が教えてくれたのは

ホフライトネル:父が教えてくれたのは、偉大な価値とは、物質的な富ではなく、知恵の獲得であるということでした。物質的財産にはまったく私心のない人でした。人間の知恵の産物として、科学技術を讃嘆していましたが、自分自身はそれを用いることはなかったのです。事実、自動車などの科学技術を駆使したものにはまったく無関心で、運転すらできませんでした。父…
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お互いに助け合って

モウラン:人間の心ほど、変えがたいものはありません。同時に人間の心は、非常に不安定です。その感情は絶えまなく変化しています。  心の「悪」との戦いに勝つために、私たちには「執念」と「粘り強さ」が必要です。利他的にして善なる人間の行いは、不眠不休であるべきです。他に方程式はありません。絶対に諦めてはなりません!諦めは敗北です! 池田:…
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確信の生涯を終えるには

モウラン:本当の成功とは、自分の知識や教育、智慧が他の人たちのために、ほんの少しでも役立たせることができたと確信して、生涯を終えることではないでしょうか。  名を上げ、有名になることが成功ではありません。まったく反対で、教育者であろうが、他の職業の人であろうが、皆、等しく、人々の幸福のために何らかの形で尽くしている誠実な人が、その人生…
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ブラジルに広がる「牧口教育プロジェクト」

池田:貴国ブラジルでも、約二百の学校が「牧口教育プロジェクト」を、正規のプログラムとして導入されています。ご存じの通り、牧口創価学会の初代会長の教育学悦に示された理念や教授法が、ブラジルの教育事情に合わせて実践されているものです。  このプログラムは、一九九四年九月、サンパウロ州のカエタノ・デ・カンボス校の教室で実践的に導入されたのが…
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教師は学ぶ大切さを生徒に教え、自ら学べ

エイルウィン:教育への投資は未来の鍵であると確信しても、教育システムが今日の知識革命に適応しかねているのです。学び方を教えるのではなく”事物”を教える、つまり一種の暗記主義的で百科全書的カリキュラムが、時代遅れの状況になっていることも承知しています。変化の速度に合わせ、今日の学校は”学ぶことを教えること”に、生徒たちは”学ぶことを学ぶこ…
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”物知り”の頭の中

サド―ヴ二チィ:大学教育が学生に与えようとする百科事典的に裾野の広い教養というのは、リベラル・アーツであるべきであります。つまり、一つの学問分野を学ぶとき、つねに関連する学問を視野に収めつつ、諸学問との関係、位置づけを問いながら、学問の全体像を把握させる教授法です。 池田:重要なアドバイスです。近代日本の卓越した学者であり教育者であっ…
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創造性、多様性

 教育という面でいえば、第二次世界大戦後の日本の教育で支配的であった価値観は、大まかにいえば、一流大学を出て、一流企業や一流官庁に就職することを第一義とし、それに準じて、その最高価値を有するブランドを獲得するための手段として幼児教育や初等・中等教育も位置づけられてきました。学校も家庭も社会も、あげてその一点にエネルギーを集中し、成果を求…
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読書が持つ能動性、人間力

池田:私も、二〇〇〇年に世に問うた「教育提言」で、情報化の洪水から身を守るための最大の武器として、良書や名作に親しむことを、強く推奨しました。  読書のもつ能動性、それを持続させる忍耐力、他者の喜びや悲しみへの共感性を育む想像力等、いずれも、あふれかえる情報に囲まれて受け身になりがちな人間が、身につけるべき”人間力”です。  情報化…
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センス・オブ・ワンダー

池田:環境問題を扱った普及の名著『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンは、彼女の最後のメッセージともいうべき『センス・オブ・ワンダー』で、こういっています。  「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべ…
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利用する情報量を最低限に抑える

サド―ヴ二チィ:情報化社会では、大量の情報がつねに洪水のように流れています。私たちは、その洪水と、人間であるために必要な「基礎知識」とを区別できることが大変に重要です。  「基礎知識」とは、換言すれば精神世界と物質世界の両面を人間が正しく認識するために必要なものといってもよいでしょう。それは決して特別なむずかしい学問的理論である必要は…
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教育のコンピューター化?

サド―ヴ二チィ:ただし教育のグローバルなコンピューター化を支持する人々の着眼点は、むしろ技術的な側面にはないのです。彼らは、それによって、教育を「集団から個人」にシフトさせることが可能になると期待しているのです。この点については、私が発したい疑問はたった一つ、教育をあえて個人化させる意味と価値がどこにあるのかという点です。  はたして…
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巨大都市における教育のあり方(池田大作)

サド―ヴニチィ:このような生活のどれもこれもが、いかにも奇妙な感じがします。しかし、「第一グローバル革命」を喧伝し、指導する人々が描いている青写真は、まさしくこのようなものです。 池田:そのようにして、徹底して自然を排除していく方向性は、はたして不可避なのでしょうか。私は、そうは思いません。  その種のグローバリゼーションには、重大…
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