絶対者の存在はあるのか

 「法に依って人に依らざれ」
 仏法の求めるものは、他者の依存でもなければ、他者からの救済を待ちうけることでもない。己れ自身に、曇りなき鏡をを確立し、それを、一切の伴侶として進んでいくところにある。法とは、まさに、そうした自己を構築せんがための、拠り所である。しかも、その法とは、また自己の外に存在するのではなく、自身の生命の内にあるものなのです。
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こういう仏法のあり方は、最も個人の尊厳と主体性を重んじた宗教であるといいたい。他の、いかなる宗教とも異なる点ですね。他の宗教では、自己の外に絶対者を設定する。
 しかし、仏法では、そうした絶対者の存在はない。絶対なるものは何かといえば、生命の法であり、その法は、自己自身の内にあるものそのものですね。
 あとは、それを個人が、いかに自覚して、引き出すかの問題である。法と冥合した、あるべき自己に信をおき、その昇華された次元から現実の自己を変革していく。そこに、人間主義、人間変革の宗教の真髄があらわれています。
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『池田大作全集』第12巻
私の釈尊観
聖教新聞社

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