エドヴァルド・ムンク

ユイグ:表現主義の登場以来、内面の抑えがたい苦悩が、より重要な表現主題となったのです。これは、だいたい一八八〇年ごろ、とくに北欧であらわれました。そのころ、芸術においてと同様に文学においても、スウェーデン、ノルウェーが前衛の国という様相を帯びていました。文学ではイプセン(ノルウェーの詩人・劇作家)とかビョルンソン(ノルウェーのノーベル賞作家)が、芸術ではエドヴァルド・ムンクが、とくにドイツでの表現主義の”苦悩”の運動をひきおこしていきます。
 一八八二年から八四年ごろムンクの描いた一連の油絵には、この抑圧が生じ、発展していく様子がたどれます。その最初の絵はオスロの街路を描いたもので、日曜日の散歩を楽しむ人びとがおり、その光と明かりの中に軍隊の歌さえあらわされています。それは印象派の絵かとさえ思われるほどです。しかし、ムンクはその同じ主題で、その意味を変えて、何度も繰り返して描いていきます。街路は薄暗くなります。通行人たちは同じブルジョア的な服装をし、当時流行であった同じシルクハットをかぶっていますが、凶暴な、少し狂気じみた表情に変わっています。この群衆の中で、いいようのない恐慌が生じているのです。その最後のものは「叫び」と呼ばれている絵です。海べりの、一種の防波堤の上で、全体の光景が突如、観客に向かって傾いてきます。不安が増大し、恐怖のために目をみひらき、、口を開けて叫び声を発し(そこから、このタイトルがつけられたのですが)、えたいのしれない脅威を聞くまいとするかのように耳をふさいでいる、個性を失った存在をそこに見ることができます。
 そして事実、背景では、自然が安定性をまったく失い、海の波打ち際は不安げに泡立ち、空は、大きくたなびく煙で血を流したようです。すべてが、まるで宇宙がその平衡を失い、巨大な流れに変わって揺れ動いているといった印象を与えます。平和の世界から暴虐の世界へと移っていくのです。

『池田大作全集』第5巻 闇は暁を求めて
池田大作
ルネ・ユイグ
聖教新聞

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