「・・・からの自由」

 孤独と無力の感情はジュリアン・グリーンの次の一節に美しく表現されている。「われわれは宇宙とくらべればほとんど数えるに値しないことを私は知った。またわれわれは無であることを私は知った。しかしそのように徹底的に無であることは、ある意味では、圧倒的であると同時に、安心させることのようにも思われる。人間の思考範囲を超越した形象や次元は、まったく圧倒的である。いったいわれわれがすがりつくことのできるような、どんなものがあるというのだろうか。われわれがまっさかさまに落ちていく、あの幻想の混沌のなかで、ただ一つ、真実を誇ってもちこたえているものがある。それはほかならぬ――愛である。ほかのすべてのものは無であり、空である。われわれは巨大な暗黒の深淵をのぞきこむ。そしてわれわれは恐れている」。
 しかしこれらの思想家がえがいたような、またいわゆる多くの神経症患者が感じているような、この個人の孤独と無力の感情を、一般の普通人はまったく意識していない。それはかれらにはあまりに恐ろしすぎるのである。それは毎日の型のような活動、個人的また社会的な関係においてみいだす確信と賞賛、事業における成功、あらゆる種類の気ばらし、「たのしみ」「つきあい」「遊覧」などによって、おおいかくされる。しかし、暗闇で口笛を吹いても光はあらわれない。孤独や恐怖や昏迷は依然として残る。ひとはいつまでもそれにたえることはできない。かれは「…からの自由」の重荷にたえていくことはできない。かれらは消極的な自由から積極的な自由へと進むことができないかぎり、けっきょく自由から逃れようとするほかないであろう。現代における逃避の主要な社会的通路はファシスト国家におこったような指導者への隷属であり、またわれわれ民主主義国家に広くいきわたっている強制的な画一化である。

『自由からの逃走』
エーリッヒ・フロム著
東京創元社

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